渚にて

旅行、音楽、読書、日常の雑記をつれづれに。

シングルマン/触れるものはみな命に満ちあふれて

シングルマン(米・2009)

1962年、ロサンゼルス。

恋人のジム(マシュー・グード)を交通事故で失ったイギリス人の大学教授ジョージ(コリン・ファース)は、ある朝自殺を決意し、準備を整える。

用意した拳銃を鞄に潜め、一見普段と変わらない一日を過ごす彼に、生徒のケニー(ニコラス・ホルト)が声をかけてくる。
一日は少しずつ終わりへと近付いていくが、ジョージが目にする光景はどれも色鮮やかに息づくのだった。

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ファッションデザイナー、トム・フォードが初監督を務めた作品。原作はイギリスの小説家クリストファー・イシャーウッド。
ジョージは16年もの間連れ添った恋人ジムを失って以来、喪失感に駆られている。

普段は家政婦が手伝いにくるほかは家では一人きりで、昔関係のあった親友チャーリー(ジュリアン・ムーア)を訪ねて会話を楽しんでいる。


彼の一日は至極規則的で、表情を抑えたまま何とかやり過ごしている。対照的にジョージの脳裏にフラッシュバックするジムとの思い出はどれもリラックスしたものばかりで、彼の置かれた孤独を鮮明にしている。


折しも世間はキューバ危機の話題でもちきりだ。

不穏な空気が漂い、人々はどこか落ち着かずにいる。死を決めたジョージは我関せず、自らに秘めた孤独にただ覆われている。しかしその悲愴な覚悟は、彼に意外な発見をもたらす。一分一秒、出会う人々がみな生き生きと輝いて見えるのだ。

死を前にして、生命の色彩に彼はうたれる。

一人の男が自殺を決意し淡々と一日を過ごしていくだけの話なのに、どうしても目が離せなかった。
コリン・ファース演じるジョージは、目に込められた感情がとても豊かだ。
ジョージは一人の時や親しい人の前以外では感情をあまり表ざたにしないが、彼の目を見ているとその胸のうちに秘めた苦しみや悲しさ、あるいは喜びが伝わってくる。
画面も美しい。ジョージがひとりで朝の準備をこなす場面、『サイコ』(よく考えたらこれも死の直前だ)の描かれた壁の前で行きずりの男と煙草を吸う場面、チャーリーと笑いながらダンスを踊る場面、後半に行くに従って画面はさまざまな色どりにあふれる。

メイキングのインタビューで、確かトム・フォードは「今を生きること」がこの映画のテーマだと語った。ジムとの過去に生きたジョージが全てを捨て去る決心をした日、彼はきっと「今」に気付いたのだろう。

今生きているものの美しさや力を感じること。その日その時を生きることの意味を恐らく彼は知った。
この物語は確かに悲しい話なのだろうが、ただ悲劇として片付ける気にはなれない。
生きることは無駄ではない。誰かと結びつく瞬間があるならば、その一瞬にさえ命は宿っている。

ジョージの家はガラス張りが印象的なモダンな建築だが、実際にロサンゼルスにある家らしい。フランク・ロイド・ライトの弟子、ジョン・ロートナーの設計だそうだ。
振り返って気付いたがジョージは序盤、よくガラス越しに何かを見ている(あるいは見られている)。

それはジムの記憶であったり、近所のクソ坊主であったりする。

彼がガラスを開けているのは、彼が窓を開け放しにしたままの車に戻ったとき、ニコラス・ホルト演じるケニーが駐車場で声を掛けてくるシーンだ。

その時ケニーは恐らく、ジョージの心に入り込んだのだろう。ガラス窓に隔たれていたジョージと彼を囲む「外(他者)」の世界は、少しずつ近づいていく。

正直な感想もいっとこう。
コリンが可愛かったです…(そこか)!!
トム・フォードがデザインした衣装はコリンとニコラス君ののみらしいけど、どちらもよく似合っていたなあ。特にジョージがきちんとアイロンをかけられたシャツを日数分用意して棚にしまってあるのが印象的で。

でも彼は「毎日こうしてジョージにならなければならない」とモノローグで呟いている。彼の今にも壊れそうな体裁を何とか取り繕っているのが、あの衣装なのだろう。

最後にあの服を脱ぎ去っていくのは象徴的な気がした。
とにかく私のツボにハマった映画で、すごく好きでした。音楽もよかったな…。

おまけ:トム・フォードインタビュー

 

Tom Ford on "A Single Man"

 

 

ニコラス・ホルトマシュー・グードのもあった!

A Single Man:Actor Colin Firth(2010)

 
本当にシングルマンのかよく分からないけどこっちのインタビューも後で見よう。