初めて行った喫茶店の話
ある時とても辛いことがあって、まだ真っ昼間に歓楽街近くの喫茶店に入ってコーヒーを頼み、ひたすら泣いていた。
その喫茶店に入るのは初めてだったが、育てている植木鉢に覆われた外観よりも、中は思ったより広く、店内のあちこちに民芸めいた古道具が絶妙に配置されていた。カウンターには常連らしい年配の人々が、ぽつりぽつりと一人ずつ、入れ替わり立ち替わり訪れていた。
お昼を食べ逃してしまったので、何か食べ物がほしかったが、案の定ピザトーストしかなかった。ともかくブレンドという文字を見つけて注文し、小さなカップの中身をなるべくもたせるようにして、明るい窓辺を見ては静かに泣いていた。まさかそんなに涙が出るとは思いもしなかった。大体、一体何が辛いのかもよく分からなくなっていた。
もしも喫茶店の店主のおばちゃんに気づかれたら困るなあと思いながら、Kindleを開いて読みつつぐすぐすとティッシュで鼻をかむ。大量にティッシュが必要だった。しかもその時読んでいた本の内容が『どうやったら惨めになるか』というものなのでどうしようもない。おかげで相当惨めになっていた頃、喫茶店の電話が鳴った。
店主のおばちゃんは先ほど電話を終えたばかりだったので、「何かしら」と出るとどうやらピーという保留音みたいな音しか聞こえないらしい。常連らしきおじさんと電話の故障だろうかと色々としゃべっている。
べそべその顔だというのに、謎の世話焼き根性が沸いてきて、うっかり彼らに近寄って「受話器が外れていたのでは?」と声を掛けてしまった。おばちゃんは笑いながら「受話器は戻したんだけどねえ」と言った。
三人がかりでも原因がよく分からない。文殊の知恵とは何だろう。
そうこうしているうちに、電話は勝手に直った。よかったよかった、と席に戻ろうとして、喫茶店の奥側に古道具や装飾、家具が色々と置いてあるのに気づいて眺めることにした。店主はどうやら、古道具販売を副業でやっているらしかった。
好きなものに囲まれているという雰囲気が心地よかった。
ようやく席に帰って、あんまり頭に入ってこない惨めな本の続きを読みつつ、1ミリくらい残ったコーヒーを飲み干した。
店から出た時もまだ外は明るかった。
駅へと歩いて戻りながら、よく分からない辛さは消えないけれども、とりあえず初めての店でコーヒーを飲んだな、と思った。
あの本の続きはまだ読めていない。