渚にて

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Heaven is A Place on Earth/影の中にいた光

NetflixのSci-fiサスペンスドラマ、Stranger Thingsのヒットでも証明された海外映画・ドラマ界での80年代ブームはまだまだ続きそうな勢いだ。

遙か昔ではないが回顧できるほどには過去の話で、全く80年代を知らない世代にとっては、どこかで聞き覚えのある、あるいは未知の新鮮な世界なのかもしれない。

クイーンを描いた映画『ボヘミアン・ラプソディー』も、バンド結成は70年代だが、南米での壮大なライブやライヴエイドは80年代のことだ。何十年も前の彼らの物語が今なおこうして多くの世代に受け入れられるのは、キャラクターやその音楽の魅力・普遍性によるところも大きいが、制作側の意図も多分に影響しているのではないだろうか。

「あの頃」=80年代という時代の若々しさ、仰々しいまでの輝き、その分浮き彫りにされる影の部分。相反する魅力や、今はないものへの憧れ。そこに織り交ぜて投影される現代性。そんなキラキラしたパッケージとしての「80年代」の魅力を、近年の作品からは感じる。

 

こんな気持ちが強くなったのは、ある曲を聴いてから。

Netflixのドイツ発ミステリーサスペンスSF『DARK』(現在S2まで公開)では、現在と33年前の1986年とが交互に描かれる。

そこには同一人物が登場し、86年にいたとあるカップルが、現在では結婚の周年パーティーを開いている。そこで妻が懐かしい音楽を聴き「私の曲よ!」と踊り出す。友人たちで埋まった部屋に響き渡るのは、87年のベリンダ・カーライルのヒット曲『Heaven is A Place on Earth』だ。


この「地上に天国がある」と高らかに歌う曲の裏で、すさまじい修羅場が展開されることになるのだが、それはまた別の話。

最近、この曲がフィーチャーされたドラマを別のところでも見かけた。Netflixのイギリス発SFシリーズ『ブラック・ミラー』だ。

このシリーズは、米50年代SFシリーズ『トワイライト・ゾーン』や『世にも奇妙な物語』の系統に近いが、特徴としてはオムニバス形式で、近未来か何かが違う現代がメイン。陰鬱かつ陰惨、風刺性が飛び抜けている点でも英国らしさを感じる(褒め言葉)。ドラマはどれも面白いがあまり救いはなく、見続けていると辛くなることも多い。

 

そんなエピソードの中で、唯一爽やかな風のような話がある。第3シリーズのエピソード4『San Junipero』。

ビーチリゾートの街サン・ジュニペロ。80年代の喧騒をそのままに『残す』この街で、控えめな少女ヨーキーは、セクシーでエネルギーに満ちあふれた少女ケリーに出逢う。二人はたちまち惹かれ合い結ばれるが、ケリーは突然姿を消してしまう。ヨーキーは彼女を探して、2002年のサン・ジュニペロまでさまよい歩くが…

 *動画はネタバレなので見たくない人は雰囲気だけ感じてほしい


ここで描かれるのは、セクシャル・マイノリティの恋愛と時代の壁、年齢、個人の価値観の壁だ。

家族の古い価値観に縛られたヨーキーは、婚約者がいることを盾に最初はケリーを拒むが、やがて『期限付き』で受け入れる。だが、ケリーにも別の『期限』があった。

サン・ジュニペロは永遠の地上の楽園。刹那的な恋に溺れ、どんなに暴走しても誰も何も気にしない。なぜならば…とこれ以上はエピソードの肝になってしまうので明かさないが、ヨーキーの心は次第に解放されていく。

ウェディングドレスを着たケリーが車に乗ってヨーキーの前に現れるシーンは、あまりにも眩しい。映画『卒業』の花嫁をさらうダスティン・ホフマンをやってのけるのは、「彼」ではなく「彼女」なのだ。

だがこれでハッピーエンドかと思うと、話はそう簡単ではない。ヨーキーだけでなく、ケリーにも彼女なりの人生がある。二人は最後までぶつかり合い、もつれ合った挙げ句にそれぞれの選択をする。自分たちの道を見つけていく二人の姿は、80年代のパッケージを模していながら、どこまでも現代的だ。

以下小文字部分で、ネタバレにつながる話をするので注意。

 

プロデューサーの一人、チャーリー・ブルッカーは「(あのシリーズの中で)意図的に異なった話を作ることで、我々が見せたいものを再定義したかった。常に驚きがあり予測不可能なものでありたい。ずっと重々しく風刺めいた話だと、先が予想できてしまう。だから希望に満ちた、楽天的な物語にしたかった」と話す。

もう一方のアナベル・ジョーンズは「年老いた女性たちが、性的かつ若々しく、屈託のない態度を見せるのは新鮮だった。なぜなら、私たちは年を取るに従い、個性というものを失っていくように表現されるから」という。

Black Mirror's San Junipero Producers on Why It Worked | New York Comic-Con 2017 | SYFY WIRE - YouTube

 

これまであらゆる物語で脇役に追いやられていたセクシャル・マイノリティや年配の人々を主役に、悲劇ではなく喜びを描けるのは、様々なことがタブーとされてきた80年代を過ぎた今だからこそなのだろう。

Stranger Things3でも同様のキャラクターが登場し、メインキャラクターの友人としてごく普通にそこに居続けてくれることが嬉しくなってしまった。たったそれだけのことを描くのに、どれだけの時間が必要とされてきたことか。

21世紀の今も見えない壁はそこら中に張り巡らされているが、彼女たちの物語の人気ぶりに、瞬く星のような希望を感じている。