渚にて

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スカイフォール/栄光と落下の007

スカイフォール(2012/英米)

"England expects that every man will do his duty"-Horatio Nelson

トルコ・イスタンブールNATOの極秘機密が収められたハードドライブがパトリスという男に奪われた。彼を追い街中を疾走するボンド(ダニエル・クレイグ)と助手のイブ(ナオミ・ハリス)。列車の上であと一歩というところまで追い詰めるが、上司M(ジュディ・デンチ)の命令でイヴが誤射した弾を受け、ボンドは列車から橋の下の川へと落下し、死亡とみなされる。
奪われたハードドライブには潜入調査をしている諜報部員たちの情報が入っていた。事態を重く見た情報国防委員長のマロリー(レイフ・ファインズ)からMは引退を促される。だがその頃彼女のパソコンには謎のメッセージが届いていた。「自分の罪を思い出せ」―時を同じくしてMI-6本部が爆破される事件が起こる。
一方奇跡の生還を遂げていたボンドは自暴自棄の生活を送っていたが、MI-6爆破の報を受けて本部に帰還する。しかし彼は心身ともに限界を迎えていた…。


007をまともに映画館で見るのってこれが実は初めて。ダニエル・クレイグのボンドも何となく元からあったボンドのイメージとは少し違っていてこれまであまり気にかけていなかったのだが、今回のSkyfallの評判がなかなかよかったのと(もちろん賛否両論あれど)、50周年で舞台が英国ということもあって見に行こうと決めていた。

結果、ダニエル・クレイグのボンドにすっかりやられた…!!!
ダニエルに土下座して謝りたい。これはかっこいい!
冒頭のイスタンブールの市場の屋根から始まるチェイス、橋から91メートル下の川に落ちていくボンド、水に沈んでいく彼の身体を映しながら始まるアデルのOPテーマ『Skyfall』…一連の流れが見事で、一気に引きこまれてしまう。走る列車の上での格闘はCGを使わず生身のスタントで行われたそうで、迫力も満点だ。
監督は『アメリカン・ビューティー』のサム・メンデス。ダニエルが連れて来たそうだが、映像の美しさにかけては文句なしだろう。
たとえば、任務に復帰したボンドがパトリスを追って向かう上海。光が落とされた暗いビルの中を、向かいのビルの電飾が揺らめきながら幻想的に照らしだす。その青白い陰影の中でボンドとパトリスが死闘を繰り広げる。こんな美しいアクションシーンがかつてあっただろうか?
そしてその様子を見つめているのが、今回のボンドガールであるセヴリン(ベレニス・マーロウ)だ。だが、真のボンドガールならぬボンドレディがいることに観客は後々気づくことになる。

(この後ネタバレを含むので気を付けて)

今回の大きなテーマはまさしくボンドの『転落』である。
優秀な諜報部員として活躍してきた彼が任務に失敗し、酒と女におぼれ、トラウマもあって復帰のための試験にすら失格してしまう。銃を持つ手元すらおぼつかない。
前々作『カジノ・ロワイヤル』では00昇格したばかりの駆けだし007だったじゃねえか!と突っ込みたくなるし、こんなボンドを見たならば、これまで完全な男として彼を崇めてきたボンドファンはがっかりしてしまうかもしれない。けれども、私にとっては逆にボンドの人間味を垣間見る良い機会となった。

この映画には象徴的なシーンがいくつもちりばめられている。まず、ボンドが新しい武器開発担当のQ(ベン・ウィショー)と出会うシーン。かつては老練した科学者のイメージだったQが、今回はコンピュータに精通した若者に生まれ変わって登場する。
彼らが待ち合わせた場所はロンドンのナショナルギャラリーで、先に椅子に座っていたボンドは目の前のターナーの絵を見つめている。
『The Fighting Temeraire』―「戦艦テメレーア」と名付けられたその絵は、1805年のトラファルガーの海戦で活躍し、英国に勝利をもたらした船の一つだ。しかし時を経て、今まさに解体のために新たな船によってけん引されていこうとしている。Qも「スクラップになる寸前の古い軍艦」と揶揄する通り、テメレーアはボンド自身の象徴だ。ボンドですら「世代交代か」と苦笑する。しかしターナーの描く軍艦は最後のその時を迎えてもなお眩しく輝いている。

舞台は移り変わり、マカオへ。そこからボンドは一人の男シルヴァ(ハビエル・バルデム)へとたどり着く。このシルヴァこそ、MI-6を爆破し、Mを脅迫した犯人だった。
彼とMの関係はまさしく愛憎劇で、シルヴァのいびつさはまるで怪物フランケンシュタインのようだ。自分の創造主に絶望して、破壊を繰り返す。原典のフランケンシュタインを作りだしたのはヴィクターという男だが、作者が英国作家のメアリー・シェリーという女性であることを考えると少し重なるような気がしなくもない。
シルヴァとボンドにとってのMは恐らく「疑似母」ともいえる存在で、彼らの関係は兄弟のように相似をなしている。一歩間違えばボンドもシルヴァになりえたのかもしれない。しかし彼は何とか自分という存在にしがみつく。これまでの栄華に比べれば無様かもしれないが、やはりその生きざまは美しい。

ロケ地やセットに関して振り返ると、もうお腹いっぱいという感じ!
イスタンブールに始まり上海、シルヴァの本拠地となる軍艦島をモデルにした廃墟、後半はロンドンが主な舞台になるが、上海のシーンの多くもここで撮られている。ボンドとシルヴァの追跡シーンは地下鉄のチャリング・クロス駅だ。そうそう、MI-6の移動した本拠地がチャーチルの遺産の地下基地!!それにしても「下へ」と向かう映画だな。
ジュディ・デンチは『ゴールデン・アイ』からの女傑Mだが、もともと『クイーン・ヴィクトリア』『恋に落ちたシェイクスピア』でも女王役を演じたことがある女優で、英国が舞台の今作でヒロインとなるに相応しい。彼女が最後に呟く「私は一つ、間違っていなかった」という言葉が染みる。ボンドの戦艦テメレーアに対するトラファルガーのネルソン提督はMではないかと思う。
シルヴァを演じるハビエル・バルデムは『夜になる前に』『ノー・カントリー』でも知られるスペインの俳優。セクシーだが『ノー・カントリー』での不気味な殺し屋役が印象に残る人も多いかもしれない。シルヴァという繊細かつ怪物のような男にはぴったりだ。

何より、ダニエル・クレイグの格好よさに度肝を抜かれた作品となった。堂々たるスーツの立ち姿
に目がくらんだけど、この作品のためにトム・フォードのスーツが60着分、シーンに応じて用意されていたとか(スタント含め)。もはや洗練の美学としか言いようがない。シルヴァとの対決時の古びた猟銃を持ったラフな格好にすら気品が漂う。
対象的にQは、ギャラリーでこそスーツを着ているものの上に羽織っているのはモッズコート。地下に引っ越したMI-6本部でのデータ解析時にはカーディガン(ドリス・ヴァン・ノッテンだけど)というカジュアルさだ。小物に個性を出すのが好きなタイプとみた。
その他参考はこちらに:Skyfall Bond Lifestyle
ファッション関連はJany TemimeへのEsquireインタビュー:
Q&A: SUIT SECRETS OF SKYFALL'S COSTUME DESIGNER

このカーディガン可愛いなー
Skyfall Costume Video Blog

あー面白かった。おかげで007の過去作品を見てみたくなった…。
とりあえずダニエル・クレイグ関連は漁ろうと思う。とりわけイギリス好きにはぜひにも見てほしい作品だ。
スカイフォールの歌詞解釈が色々あるのが面白かった。ネタバレなので見る人は覚悟してね。
『アデルのSkyfallの歌詞解釈を全力で考えてみた』

Adele/Skyfall


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