渚にて

旅行、音楽、読書、日常の雑記をつれづれに。

片道切符の時間旅行/『クロノス・ジョウンターの伝説』

お疲れ様を自分に言いつつ、冬から春先まで読んだ本を振り返ってみたくなった。
それというのも、長いことお世話になっているペンフレンドの啓さんから手紙が来て、「Twitterで上げてた本を読みましたよ」と言われたのが嬉しかったから。
私がTwitterのTL Book Clubさんをフォローして読んだ、2月の課題図書『凍える墓』を啓さんも読んで下さったのだ。だから久しぶりに本の感想を書く気になった。

クロノス・ジョウンターの伝説/梶尾真治(徳間文庫)

ジョウントするってどういう意味かわかるか?クイムと同じ意味だ。空間から空間へと飛んでしまう状態を言うんだ。クイムはブランの『火星人ゴーホーム』で使ってるし、ジョウントはベスターの『虎よ虎よ』に出て来る。この機械にもそんな機能があるから、クロノス・ジョウンターと名付けた。なかなかいい響きだと思わないか」
(『吹原和彦の軌跡』)


  
P・フレック株式会社の開発三、四課が担うのは、物質過去射出機「クロノス・ジョウンター」の開発。それは物質を過去へと送り出す、タイムマシーンともいうべき画期的な発明だった。
しかしクロノス・ジョウンターには重大な欠陥があった。過去へ戻っても出発した日時には戻れず、未来へと弾き飛ばされてしまうのだった…。

タイムスリップものって、必死に過去を変えまいと頑張る人たちの話が多い気がする。
でも、この物語に出て来る登場人物たちは、全く躊躇せずに過去を変えに行く。クロノス・ジョウンターやその他の機械を使い、7人の人物が過去と現在、そして未来を行き来する。
登場人物の一人、吹原和彦の話は、もっとも悲劇的だ。過去に戻れてもばねのように過去の時点から跳ね返されるため、滞在できる時間は数分。しかも跳ね返された後は、未来に行かねばならない。
それでも彼は運命の人を助けようと何度でも過去へ飛び込んでいく。


物語には、「時間螺旋理論」を使った機械「クロノス・スパイラル」も登場する(『きみがいた時間ぼくのいた時間』)。
時間を螺旋と考え、現在と過去の螺旋をつなげた時点に向かうことができる。クロノス・ジョウンターとは違い過去からは跳ね飛ばされないが、螺旋の周期となる39年分の過去か未来にしか行けない。
どちらも使うには賭けというしかない機械だが、人々は思いだけを頼りに時間を超えていく。
過去へ向かううちにタイムパラドクスももちろん起こるが、それも当人たちには乗り越える障害の一つでしかないのだ。

昔読んだ『鉄腕アトム』で、過去の世界へアトムが飛ばされた話があった。彼は燃料を見つけるのにも苦労し、最後は過去の世界で朽ち果てる。新たなアトムが生まれる未来に時代が追いついたころ、草むらに転がる過去のアトムは、タイムパラドクスを解決するために完璧に破壊されねばならなかった。
似たような悲劇は『クロノス~』でも起こる。だが、過去へと向かう人々は時間に翻弄されるだけの哀れな被害者ではない。むしろ、強靭な意志で時間に打ち勝とうとする。どんな結末が待っていても、それは彼らにとってはハッピーエンドなのだ。
読むうちに泣きそうな気分だったのが段々と幸せになってくるのも、きっとこの物語が本質的に、大団円を迎える喜劇だからなのだろう。

個人的なBGMはTM NETWORKのWINTER COMES AROUND(冬の一日)だな。


この本を読み終わってから、前に買っていたキャラメルボックスの舞台DVD『きみのいた時間ぼくのいく時間』を見た。上川隆也演じる主人公が、運命に抗うためにクロノス・スパイラルを使って過去へと向かい、その世界で生きていく様が、無情で激しくて、そして優しかった。
キャラメルだからもちろんコミカルな要素もたくさんあるんだけど、上川隆也の指先にまで行きわたった役者ぶりに思わず目頭が熱くなった。