渚にて

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Sin Fang/Flowers、アーナルデュル・インドリダソン『湿地』

だんだんとRhyeの音が似合う季節になってきた。
イチョウの葉がだんだんと黄色くなって、雨で道に落ちているのを見ると、もう厚着をしてもおかしくないかな、と少し安心する。寒がりの私は外に出る前に不安すぎて、思わず重ね着をしすぎてしまい、途中でへばるのだ。
この間高校時代の友人たちと会って楽しく喋って飲んで、新しく買った秋のワンピースを褒められて嬉しかった。グレーのワンピースで、襟と袖の部分が黒のレースになったお嬢さんぽいやつ。気に入っているけど、その日の気温は思ったより暑かったから、ちょっと失敗した。秋は毎日天気の予報だけでなく、気温にも気を遣わなければならない。

以前言っていたアイスランドのアーティスト、Sin Fangのことを書くのを忘れていた。
この夏から秋はずっとSin FangのFlowersを聴いてばかりいた。
幻想的だけどポップで、乗りやすいのにちょっと変わった音。あるいはポストロックとドリームポップの中間。前作Summer Echoesと比べて明るく、壮大な音になっているのも好印象だ。Of Monsters and Menが好きな人にもお薦めしたい。

Sin Fang/Young Boys



作曲したシンドリは、Seabearというバンドのフロントマンとしても知られる。Sin Fangは彼のソロプロジェクトで、バンドよりもより実験的な音楽を追求している。
ジャケもどれも美しくて大好き。彼が所属するレーベル、ドイツ・ベルリンのMORR MUSICは、割と色んなアイスランドのアーティストを抱えているみたいだ。
Flowersはもう何十回聴いたか分からないが、一番好きなのはやはり、What's wrong with your eyesだ。この曲はあまりエクスペリメンタルという印象はなくて、のびやかで親しみやすい音になっている。


それから、アイスランドのミステリ作家、アーナルデュル・インドリダソンの邦訳1作目、『湿地』をようやく読み終わった。レイキャヴィク警察のベテラン犯罪捜査官、エーレンデュルが、街の一角、ノルデュルミリ地区で起きた老人の殺人事件を捜査する。老人が殺されたアパートの半地下の部屋には、謎のメッセージと、机の引き出しに隠された古い写真が残されていた。

もともとアイスランドの犯罪率は低く、大都市的な事件は想像しにくい。大がかりな展開はそこまで期待していなかったが、思ったよりも重層的で、陰鬱な話だった。
後半はやや展開に飛躍があるように感じたものの、レイキャビクの白い雲に覆われた空を思い出したり、小さな島国ならではの「家族」の業の深さに考えを巡らせたりした。

物語内で犯罪が起きた場所に設定されたノルデュルミリ(「北の湿地」を意味する)は、この夏に私が泊まったホテルに近いエリアだ。エーレンデュルが勤務する警察は坂の下の方にあり、人気は少ないが歩いても別に不安な感じはしない。
あんな閑静な住宅街がかつては湿地だったとは、意外な気持ちだった。

この本の冒頭には、作中のエーレンデュルの台詞が掲げられている。
「この話はすべてが広大な北の湿地(ノルデュルミリ)のようなものだ。」
ノルデュルミリとは、目には見えない地下の奥底であり、忘れ去られた物、またはさまざまな人々の因果に満ちた過去なのだろう。

エーレンデュルのシリーズは本作が本来の3作目に当たり、邦訳では続編『緑衣の女』(4作目)が発行されている。どちらも北欧の推理作家協会から『ガラスの鍵』賞を受賞している。それがきっかけで翻訳されたのかもしれない。
ちなみにアイスランド語からの翻訳は難しく(何せ人口約30万人の国だ)、本作はスウェーデン語版からの翻訳になる。以前読んだヴィクトル・アルナル・インゴウルフソンのミステリ『フラテイの暗号』は、確かドイツ語版からの訳だった。
小国とはいえ、アイスランドのミステリ作家がヨーロッパを中心に確かな地位を得て、日本でも少しずつ作品が紹介されているのは嬉しい限りだ。

ミステリは違う国の文化や社会について知るには、もっとも気軽で面白いテキストだと思う。
この間買ったのは、スウェーデンのゴッドランド島を舞台にしたアンナ・ヤンソン『消えた少年』。少しずつ読んでいこう。