渚にて

旅行、音楽、読書、日常の雑記をつれづれに。

旅の空の話

気がつくと北へと向かっている。
今度の旅は、去年のアイスランドに続いて北欧になる。
あのときは気が狂いそうになるほどの長い時間をOちゃんと一緒に分かち合ったけど、今回は本当に一人だ。旅行会社のフリーパックプランに乗っているとは言え、海外一人旅って、実は初めてかもしれない。これまでは友達と一緒だったり、普通のツアーだったりした。正直ちょっと緊張している。

オーロラかフィヨルドがいいと思った。
初夏に通っている英会話の先生が、「ことしはオーロラが当たり年なんだそうですよ」と、知り合いでアラスカに夢中になって住みつくまでに至ってしまったという写真家さんから送られてきた写真を見せてくれたせいだ。
それは今まで見たこともない赤いオーロラの写真で、私は思わず「いいなあ!」と夢中になった。
去年降り立ったアイスランドは月面のような岩の大地と、苔むす草の国だった。
目の前に何もさえぎるものがない。
どこまでも続く曇り空と、たまにその切れ間から覗く青空。
熱を吐き出す地面と突然の風雨。わずかに咲いている小さな花。
街も好きだけれど、自然のなかにぽつんと取り残されたような感覚をもう一度味わってみたかった。


それでも、アラスカの川岸で深夜三時までオーロラを待つコテージの孤独には私はまだ早かった。
迷った末にオスロからストックホルムを目指すフィヨルドの旅を選んで、今スーツケースに少しずつ荷物を詰めている。
スウェーデンにはMさんもいるし、街のお薦めを聞いて旅をするのも悪くないと思ったのだ。
本当はフィンランドのロバニエミまで行ってオーロラという手もあるけれど、今回はこっち。
贅沢だが、少しでもお金と時間を使えるうちに、見たいものは見ておくというのが信条だ。なぜなら人はいつ死ぬか分からない。その前に「あそこに行きたかったなあ」と後悔しても、もうそこには絶対に行けない。
なんてまあそんな格好のいいことを言って見るものの、実際はちょっと遠くに逃げ出したいだけなんだよね、ということに昨日、一緒に飲んだ高校時代の友人から波瀾万丈の恋愛沙汰について聞いたせいでしみじみと思い到った。

南には何故か気が乗らない。
台湾は面白かったし好きだけれど、どこかぴんと張りつめた空気のある北が気になってしまう。
ヨーロッパが好きだとか、そういうもろもろの好みはあるにせよ、恐らくこの北への郷愁は自分が住んでいる場所によるところが大きい。
昔、大学が冬休みになると寮から追い出されて、私たちはばらばらに実家に帰省した。
友達と別れて東京から新幹線に何時間か乗った後、トンネルを抜けて降り立った地元の駅の空気の冷たさといったら、生ぬるい寒さに慣れた顔にぴしゃりとびんたをくれたようだった。
寒さが死ぬほど嫌いで、毎冬の度に雪をにくにくしく思う癖に、なぜかあのきんとした空気のことを今でも思い出す。
私はあの冷たさを、何だか手放せないのだ。
天国みたいな南国にたまに憧れながら、どこかカタログを広げて別世界を見ているような気持になってしまって落ち着かない。
そして未だに、もっと遠くに行きたいと思ってしまう。

人はどこまでどこに行けるものだろう。
その分きっと帰ってきたくなるんだろうけれど。
所在地が欲しい。
自分の現在地を何度も確認して、私は後ろを振り返ってはどこかに行きたくなる。
この落ち着かない気持ちはどこから来るんだろうか。たまに不思議になるくらい、私は地に足がつかなくなる。
そして飛行機の上から空と雲海を見たときに思い出して少し安心する。
皆、ここにいたんだなあと。


BOSTON/More than a feeling



いま、頭に突然流れてきたボストン。この曲すごく好きだな―