渚にて

旅行、音楽、読書、日常の雑記をつれづれに。

豊田徹也/ゴーグル

この10年余、『アンダーカレント』『珈琲時間』という傑作を描き上げながら、それ以外の音沙汰がなかったファン泣かせの漫画家、豊田徹也の最新短編集を本屋で見かけたので、勢いよくレジに駆け込みました。


豊田徹也『ゴーグル』

帯にも「在庫一掃大放出!」とある通り、公式デビュー作となった2003年アフタヌーン四季大賞受賞の表題作から近年の掲載作、休刊となった『彷書月刊』に寄せたショート漫画まで7作が詰め込まれています。正直「ああ、こんなに描いてくれていたのか…!!」とドMファンの私は涙しました。
09年の『珈琲時間』以来の単行本ですが、過去作品に一貫して流れていた喪失感は変わらず、それでもはかなくも今日を生きる人々の姿が時に繊細に、時にユーモラスにつづられています。


とりわけぐっときたのは、表題作の続編『海を見に行く』。
『ゴーグル』は知人から突然見知らぬ少女を預けられた青年田村の話。その少女ひろこは何もしゃべらず、大きなゴーグルを着けて汚い服を着たきりの格好で、ゴーグルを取られることを極端に嫌がります。
『海を見に行く』では、ひろこと、その祖父とのささやかな一日が描かれています。物言わぬひろこが笑う瞬間や、バイクにまたがった祖父がひろこに語りかける言葉のひとつひとつが、『ゴーグル』のひろこの中にも静かに息づいているのだろうかと思うと、思わず目頭が熱くなりました。
過去作品に何度か登場している探偵・山崎が登場する『ミスター・ボージャングル』では、幼いころ遊んでもらったおじさんを探してほしいと山崎に依頼する女性が現れます。
行方を追った山崎が最後に呟く「……彼はとても高く跳んだ とても高く跳んだ……」に、一人の男の、誰も知らなかった人生が刻み込まれているような気がしてなりません。
(ところで何度か言っているけど、山崎は俳優の内野さんにとても似ていると思う。もしも実写化するなら配役は決まりだろう)

Sonny Stitt/Mr.Bojangles

あとがきで『ミスター・ボージャングル』のインスピレーションになったと言っていたSonny Stitt

豊田さんの作品は空間を上手く使った、広がりのある画面が印象的です。街の雑踏や子供が遊ぶ公園など、さりげない日常の風景が描かれ、どこかファンタジックな話があるにもかかわらず、本当に起きている出来事のようなリアリティーをもたせてくれます。
「友人からおごってもらったとんかつが美味しくて忘れられず描いた」という『とんかつ』がこれまた美味しそうでたまらない。
というかそんな豊田さんの生活は大丈夫なのだろうか。何だか心配になってきました。
彼の物語は時間をかけて描いてほしいという気持ちもありますが、ファンとしては「で、できればもっと…作品を!」という飢えでいっぱいです。水面下のファンは相当いるはず。
これからまた綴られるであろう作品を楽しみにしながら、過去作品と短編集をじっくりと読み返したいと思います。



アンダーカレントって、そういえばビル・エヴァンス
古本まんがには、『アンダーカレント』のあの二人が登場します。